コニシセイコーものがたり

自社工場建設を後押しした新しい取り引き、
さらに拡がった事業分野での期待。

1957年製品として出荷した化学天秤

平成2年3月、貸工場を構え、大手電池メーカー様とのお取引が始まりました。群パックといわれる携帯電話の電源の生産です。とはいえ先行きの仕事は不安定、全く見通しのない状態でした。そして独立することにより、また社内外注先の生産ラインの稼働に迷惑を掛けられないこともあり、希望を募って123名の方に社内外注先に残っていただき、残った27名でのスタートとなりました。

そして平成3年、携帯電話がレンタルから買取に移行する前年、小型密閉二次電池生産繁忙の幕開けとなったのです。当時は小型電池といえば乾電池で、小型の蓄電池は珍しいものでした。

事業が軌道に乗った稼働4年後、「貸工場ではコニシセイコーの将来への発展は望めない、先を視るには自前の工場が必要」との思いから、事業資金融資の要請と土地の物色を始めました。当時、年商2億円の体力だった弊社は取引金融機関より4億円の融資を受け、現在の久御山本館を建設、自前クリーンルーム設備導入の足がかりとしました。20年計画の17年目、目標より3年早く自社工場建設の願いを実現しました。

そして、この本館建設が次のビジネス展開への布石となったのです。